| 現在国会の衆議院厚生労働委員会で障害者自立支援法案が審議されています。(7月13日で審議終了。今後参議院での審議に移行)この法案がもし成立することになれば障害当事者の生活が大きく変わることになり、特に自己負担が増えるということと上限が設定されるという点で今後障害者が地域で自立生活を続けられるかどうか非常に危惧を感じています。そこでこの法案に対する私の考え方を書くことにします。 私は4年前に31年間暮らした病院を退院し、現在岐阜市内で常時人工呼吸器を使用しながら24時間介助に支えられて自立生活をしています。私は指先がわずかに動く以外自力で体を動かすことができないため、日常生活の全てにおいて介助がなければ生活はおろか生きていくこともできません。 体位変換や水分補給、食事介助、排泄等の身体介助は非常に細かい調整や細心の注意が必要であり、それを怠れば床ずれや脱水、誤嚥といった生命に関わる事態となります。そのため介助者は1日中休む間もなく家事全般をこなすかたわら私の身体介助を断続的に行わなければ生活が回っていきません。夜間も細かい体位変換が頻回に必要なため、介助者が細心の注意を払って私の状態を注視し続けます。 現在私は支援費による日常生活支援で1日14,5時間と生活保護による他人介助料大臣承認の4時間を合わせて18,5時間の公的介助保障が認められていますが、それ以外の時間は何の保障もない状況です。今の支援費の時間数でも安定して介助者を確保できず常に生命の危機に直面する綱渡りのような生活を24時間、365日続けているのに、今回の障害者自立支援法案において国の義務的経費に障害程度区分による上限が設定され、私のような長時間介助が必要な全身性重度障害者についても月125時間の上限になるというような話を聞いています。もしそのような低い上限が設定されるとすれば24時間介助が必要な私は到底今の生活を続けることも生きていくこともできません。現実的に病院に戻るしかなくなります。 自立生活は個別的なものであり、それぞれ生活スタイルもニーズも違うわけで障害程度によって画一的に決められるものではありません。このような障害程度区分のあり方やそれに基づく上限設定の考え方は自己選択・自己決定とか施設から地域へといった支援費制度にうたわれていた障害者基本法に基づく国の障害者施策の理念と大きく矛盾し、逆に地域から施設へ、自立から保護へと引き戻されるのではないかと危惧しています。財源確保の名のもとにこれほど制度の理念との整合性のない無責任な改革を障害者に押しつけようとする国の姿勢に強い憤りを感じています。 @重度障害者等包括払支援 私のような極めて重度な障害者が生活上必要な24時間介助を利用するには月160万円から200万円の費用が必要ですが、それが重度障害者等包括払支援の導入によって保障されなくなるのではないかと危惧しています。もし保障されなくなれば24時間介助が必要な私は今の生活を続けることはおろか生命を維持することすらできなくなります。国は障害者の地域で暮らす権利や生存権を保障する責任義務を果たすべきであり、障害者本人にその責任を押しつけるべきではないと思います。国は重度障害者の生きる権利を奪おうとしているのでしょうか。まだ対象者が具体的になっていないようですが、自分が対象になるのかならないのか分からないような形でこうした案が出てくることに非常に不安を感じています。 A利用者負担について 多くの障害者は障害年金または生活保護による収入のみで生計を立てており、低収入者への配慮として負担上限額が設けられてはいますが、月8万〜11万の障害年金や手当てによる収入の中から月15000円もしくは24600円の負担額を払うことになれば現実的に生活を続けることが困難になります。さらには扶養者義務を撤廃する一方で生計を一にする同居家族の収入の合算による負担額の設定、重度障害者等包括払支援の導入、精神通院公費等公費負担医療の一割負担、小規模作業所で働く利用者からの施設利用料の徴収、施設や病院に入所する障害者への食費、光熱費等いわゆるホテルコストの徴収等自立支援と言いながら障害者の所得や就労の保障も十分に確立されていない中でこうした負担のみ増やすことは障害者の自立を困難とし、地域から施設へ、自立から家族の保護下へと引き戻すことにもなりかねません。また、減免措置についても生活保護を増やさないための救済的なものであり、こうしたことは国の社会保障制度のあり方として非常に疑問です。権利保障としての制度の中できっちりと位置づけられるべきものではないでしょうか。 B市町村審査会 介護保険と同様に医療関係者や学者等の専門家が審査することになれば自立生活のことを何も知らない人によって支給決定されることになり、自己決定、個人のニードに基づく支給決定とサービスという理念とかけ離れたものになります。特に長時間介助が必要な私にとって第三者の視点で決められることは生活だけでなく生命に関わる問題であり、何がどれだけ必要なのかは本人自身にしか分からないことです。必要に応じて本人に聞くことができるというのではなく、必ず本人の意向を聞いてその必要性に基づいて支給決定する形にすべきであると思います。そうでなければ専門家による画一的な判断で決められることになり、地域で暮らすことも生きることもできないような低い支給決定になるのではないかと非常に不安です。 C移動介護 重度訪問介護や行動援護対象者の移動介護は自立支援給付として義務的経費となり、個別給付となる一方で、それ以外の障害者については地域生活支援事業として裁量的経費となっていますが、個別性や社会参加の重要性を考えれば義務的経費による個別給付として国が保障すべきではないでしょうか。自治体の裁量に任されることになるとお金の使い方に差が生じ、地域間の格差につながることになりかねません。また、年度内の途中で予算が足りなくなったらどうなるのでしょうか。様々な利用制限が課せられるようなことになるのではないかと危惧されます。 D他制度との整合性とは? 衆議院厚生労働委員会での厚生労働省側の答弁の中で繰り返し他制度との整合性ということが言われていますが、そうしたことは制度間のつじつま合わせに過ぎないように感じます。国の障害者施策の根本である障害者基本法の理念や障害者の生活実態との整合性は二の次ということなのでしょうか。だとすればこれは誰のための制度改革なのでしょうか。国民の理解が得られないだろうという想定で判断するのではなく、障害者施策の理念に基づいて制度を変える必要性があるのであれば厚生労働省の責任において国民の理解を得る努力をすべきだと思います。 E障害者施策の理念との整合性 財源不足や各制度間の整合性を言う前に障害者の権利保障や生存権を守る国の責任義務を果たすべく、国の障害者施策の根本である障害者基本法の理念に基づいて財源確保や制度の見直し等社会保障制度の抜本的な改革に向けた議論からやり直すべきではないでしょうか。最初に財源論、利用者負担ありきというのは国の姿勢としてあまりにも無責任で順序が逆であると思います。拙速に障害者の負担を増やす改革を進める前に支援費制度の総括や障害者の生活実態把握に基づく丁寧な議論をすべきであり、今回の法案を廃案としてより良い制度改革に向け再度障害当事者も含めた議論の場に引き戻して根本的なところから検討し直してもらえることを強く願っています。 Fなぜ拙速に進めようとするのか 昨年10月にグランドデザインが出て半年あまりしか経っていない現時点で、障害当事者のへの説明も十分でなく、理解が得られていないにも関わらず、なぜ拙速に進めようとするのでしょうか。厚生労働委員会での厚生労働省側の答弁を聴いてもそのあたりの納得のいく説明がされていません。早く財源確保をしたいというのは厚生労働省の都合であって、そもそも支援費制度の予算が足りなくなった原因は厚生労働省の最初の見込みが甘かったからでその責任も曖昧なまま障害者に負担を押しつける改革を拙速に進めるのはおかしいのではないでしょうか。 G障害者の権利保障の確立 今回の障害者自立支援法案のような当事者不在の改革が国によってなされるのは障害者の権利を保障する法的な規定(現在障害者権利条約が国連で検討中)がないからでもあります。それがないと単に財源やサービスの問題として議論されるばかりでこれでは障害者の自立生活、地域生活は守られません。障害者の権利を法的に保障する規定を定め、地域で自立して生活する権利を明記する必要があります。そうすれば国は障害者の権利を侵害するような政策はできなくなります。十分な所得保障も確立しないまま負担のみを押しつけ、障害者が地域で自立して暮らせる経済的基盤を破綻させることはまさに障害者の権利の侵害です。国の政策や予算の立案に障害者の権利として障害当事者が参画し、その意志を反映させると同時に国や行政が障害者の権利を侵害していないかどうか常に監視・チェックできるシステムを構築していくことが必要であると思います。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 7月13日に衆議院厚生労働委員会において委員会採決が行われ、与党の賛成多数で障害者自立支援法案が可決されました。今後は参議院に審議の場を移すことになりますが、障害当事者の十分な理解を得ないまま厚生労働省の都合だけで法案が成立することがあってはならないと思います。障害者の生命と生活に関わる重大な法案である以上、あくまでも障害者の権利保障や生存権を守る国の責任義務に照らしながら障害者の自立支援のための施策が後退することのないよう慎重かつ丁寧な審議がなされることを望みます。 この法案が障害者の自立や社会参加、地域での自立生活の継続を阻害しかねない多くの問題をはらんでいることを考えれば今の内容のままで拙速に成立されることは断じて容認するわけにはいきません。特にもし廃案になった場合は今年度の支援費の保障が十分にできなくなるという脅しともとれる姿勢を見せている厚生労働省には強い憤りを感じています。支援費の当初の予算の見込み違いは厚生労働省の責任であり、その責任もとらないまま財源が確保できないという理由で障害当事者に負担を押しつけるのは大きな間違いであると思います。仮に廃案になっても厚生労働省の責任で財務省等との折衝により補正予算を組むなどして必要なサービス量が確実に保障されるように対応すべきです。 やはり今回の障害者自立支援法案は不十分な修正案で妥協するよりも廃案としてより良い制度改革に向け、再度障害当事者も含めた議論の場に引き戻して根本的なところから検討し直すのが当然かつ最善の道だと私は思います。 (2005年7月15日記) |